Whanaungatanga〜繫がり〜

ニュージーランドのマオリ語で家族のような繋がりという意味。このブログでは科学的に人生をより豊かにするためということをテーマに、スポーツ、健康、生き方、コーチングについて記していきます。日々気づきや学びをどんどんシェアして行きます。

それでは、日本の大きな問題について触れていき思います。

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みなさん、

 

こんにちは前回は笑いというテーマで書きましたが

 

今回は少しシリアスにかいていきたいと思います。

大先輩とのやり取り

 

先日Twitterを通じて、

大尊敬しているセブンス日本代表の先輩とあるやり取りをしていました。

 

 

話題は、関西学院大学の単位を取得しなければ、

試合に出場することができないというもの

 

僕の初めの捉え方

僕はこれを聞いてすごくポジティブに捉えました。

 

何より、ニュージーランドでも学校は全て同じだし。

好きなことをやるためにとみんな必死で勉強します。

そして、チームで助け合い、チームのまとまりもこういった部分から作っていきます。

 

先輩が見ていた日本の現状

先輩をもっと遠くをみていました。

 

これが何をもたらすの本質的に変化をもたらすのかと。

 

 

実は僕は彼此、一年近くニュージーランドにいるため、こっちの感覚で物事を捉えていましたが、先輩はしっかり日本の現状を受け止めていました。

 

そして、先輩は

こんな強制をしても意味がないと

こんなこと日本が昔やってきたことの繰り返しになると。

理解できなかった自分

最初は、

僕はニュージーランドの感覚だったため

何をいってるんだろうという感じでした。

ルールであって、強制ではないやんと。

 

僕からすればただの学校のルール

別に作ろうが作らまいが関係ないやんと。

 

だって、その大学を選んだ人の責任でしょって!笑

 

勉強するのが当たり前で、

大学なんだから好きで専門にしたい職のためなんだから。

 

自分は少し変わってた

 

僕はスパーラグビーのコーチという職につきたかったから、

大学院という道を選んだし、

今多くの同い年の友達がもらってる

お金を払えってニュージーランドにきてる訳ですし。

 

日本の社会を考え直して見た

正直な話大学側からしても、学閥争いがまだ厳しい日本の中で、

コミュニケーションは取れるけど、専門的知識を勉強できないやつなんていらないでしょ!!

 

実際、スポーツ選手ってスキルと体がでかくなった以外

高校からあんまり変わってないほとが多いでしょ?

 

ごめんなさい!本気で勉強した人には今謝ります。

 

だったら、企業も大学からとる必要なんて全くない訳だ。

だけど企業は大学がいった子の方が給料がいい

 

それは、当たり前でしょ!!

 

しかし、その当たり前に妥当するのは

しっかり目的があって自分の将来を考え、その大学、学部を選んだ人

 

スポーツ選手であれば、高校から取ればいい

 

何より、勉強したくない人はプロ化すればいいと

 

だって、多くの人高校スポーツ選手の大学の選び方が、就職がいいとか意味のわからない理由で、何も自らの意思もなく、どんな学部かも知らず監督に言われたから、推薦があったからだとかで。。。。。。。。

 

あっ!!

ようやく気づく

 

そして、

こんなことを考えてやり取りをしてる間に、

先輩が言いたい点に気づきました。

 

 

 

関学がやっていることをやって

も大学が願ってることは叶わないじゃないかって。

 

そう自らの意思で、選んでこの科目が興味があるからといってきてない学生なんだって。

 

そして、やらないんだったらやらすしかない。

 

これが大人の考えなんだろうけど。

 

これはある意味もう昔の話

 

というのも昔成功した方法の話

昔の日本の成功方

なぜなら、日本は第2次世界大戦後、

チームの力によって成長してきました。

 

というかマッカーサーの考え方で成長してきました。

 なぜマッカーサーを押すの?これは本来日本の考え方ではなかったから。

そして、大きく日本を資本主義への変化させた。

ほとんど資本主義は崩壊に向かってますが。。。。。

 

しかし、

そのチームの作り方は今では全く通用しないものだ。

日本のラグビーのチームの作り方

その方法は、上の方が枠を作りそこに強引に選手をはめ込むスタイルだ。上の方はコーチが個性(自分の作った枠の外のアイデアやスキル)を権威を奪われるのではないかと思い選手を排除したり、嫌がり、そして選手たちは枠にハマろうと、曲がりもしない方向に体を曲げた。

 

 

なぜそれが通用したかというと。

おそらく今ほど世界を見れなかったし、経済的にもそれで成功を納めていたからだ。

 

そして野球では通用しても、ラグビーでは通用しない

 

ニュージーランドのチームの作り方

 

ニュージーランドは全く違う

 

ニュージーランドで一番初めに見つけるのはXファクター

コーチがコーチングできないものを持っている人を見つける。そして、集める。

彼らが最大限パワーを発揮できる枠をそこから考える。それがニュージーランドチームの作りかた。

 

 

しかし、今の日本もこういった考え方を取り入れる必要があるかなと少し考えます。

 

初めは、ラグビーという種目性を考えた時のはこういったことが大変重要であり、

選手自らの想像力、革新的アイデアが必ずしも必要になってくる訳なので、こういったチーム作りが必要になる。

 

今求めれる物

 

しかし、今思えば今の世界の経済もそうだ。ネットが普及し、地球の反対側の情報も一瞬で見つけることができる。その凄まじい変化に対応して行くには、選手や社員が強引に体を曲げるチーム作りではいけないし、枠に埋まりこもうとする奴は実際必要なく、常にリーダーシップが求められるではないかと考える。

 

また、

それに速攻にフィットできる、

または誰かが失敗しても速攻で対処できるアダプタビリティー

 

あと人と笑いを産んだり、暖かさを埋むコミュニケーション

 

そして、成功をシェアすること

 

 

 

 

強制ではもう何も生まれない

 

大きく話はズレましたが、関学の話に戻ります。

 

強制をしても何も生まれない。

 

しかし、関学自体は僕はいい行動をしたと思っています。

 

それは、この問題は大学側にあるのではなく、

それよりも前の小学生、中学生、高校生にあるのだと

 

トップ選手のロールモデル化計画の必要性

そして、各スポーツ協会は、トップの選手に勉強やビジネスを促し、

子供達のロールモデルように促すことが必要なんだと感じます。

 

すると子供達は、自らの意思で動き始めるでしょう。

 

こうやって自らの意思で動き始めるとプロフェッショナル精神が生まれ、意思決定の幅が広まりさらによくなって行くのではないかと思います。

 

最後に

 

Better people become better allblacks

これが実際オールブラックスが2004年あたりにグラハムヘンリーによって行われた、ニュージーランドの改革の一つです。

Better people become better All blacks

better all blacks make better future all blacks

(この2段目は実際に書かれていないものですが、読み取ったものです)

 

オールブラックスロールモデル化し、自らの意思で行動する人を増やす。

 

そして、have go とりあえずやってみろ!!

失敗してもみんなで助けたると!!

 

おそらくまだまだ、見えてない部分もありますが

何卒よろしくお願いいたします。